司会 重田雅敏
記録 宮地朝子
通訳 キム・ドンファン、杉山 長
参加者 コ・ジンギョム、パク・チュンボン、キム・ホンョップ、イ・ミンジン
指田忠司、清水建夫、大胡田誠、松田 均、岩井 隆、宮城道雄、毛呂博之、大関秀正、石浦知美、南麻衣子、島田 彩
この分科会は、視覚障害教師が遭遇した問題について情報を提供するとともに、参加者それぞれがもつ問題を出し合い、解決する方法を考える分科会でした。日韓双方とも、ここで話された問題をただちに解決することは難しく、引き続き取り組むべき課題として受け止めました。そして、分科会発表の最後には、共に粘り強く努力していきましょう、という言葉で結ばれました。
(1)裁判になった事例
まず弁護士の清水氏から2つの裁判事例が紹介されました。
宮崎の解雇を求められた事例では、職場での状況を時系列で詳しく記録に残していたこと、その先生の指導を評価する手紙を卒業生たちが書いてくれたことが裁判で役に立ったという報告がありました。また、解雇までは求められていないが、教員として教壇に立たせてもらえないという神戸の事例が報告されました。解雇に対しては対抗する法律があるが、どのような勤務につかせるかは雇用者側の裁量権が大きく、教員としての勤務に復帰させるまでには至っていないとのことでした。
それから盲学校に採用される視覚障害をもつ教員は増えているが、普通学校への採用はむしろ減っているのではないか、日本では社会参加の流れが後退しているように思われるという懸念が話されました。同じような解雇通告を経験した松田先生は、教員は大好きで続けたかったが、裁判に関わる負担や家族の意見を考慮して退職を選んだと話しました。解雇という事態に遭遇しても、個々様々な状況があり、教員に残るだけがベストということではなく、総合的に判断していくことが大切だと感じました。
パク・チュンボン先生によると韓国においては、法律が整備されているため、解雇を求められ裁判になった話はないが、差別的な発言や扱いを感じることはあると話しました。これに関連して、韓国の障害者義務雇用制度や義務雇用率の話となり、キム・
ホンヨップ先生から、韓国の義務雇用制度や義務雇用率3%などの話がありました。これを受けて指田氏から、日本との比較をしながら雇用率についての補足がありました。
また大胡田氏からは合理的配慮についての説明がありました。韓国視覚障害教師の会を立ち上げたコ・ジンギョム先生からは、韓国は雇用することには積極的だが、その後のサポートはないのが現状であると話がありました。
このような討議から、雇用を確保し働きやすい環境を実現していくことは日韓双方の共通する課題であることを確認することができました。
(2) 韓国の方からの質問
@日本の人的サポートについて、例えば補助教員はどうなっているのかという質問がありました。
日本の最近の流れとしては、徐々に補助教員がつくようになってきた。きちんと視覚障害教師の補助として配置される場合もあるし、職場全体の負担軽減のために配置する場合もある。補助教員の配置はなくても、周囲の人の協力を受けている場合や、対面朗読ボランティアを活用している場合などもある。岩井先生からもこの点についてこれまでの経験が話されました。宮城先生からは、補助教員はついたが、逆に視覚障害教師がサブにされて自分の仕事がなくなってしまう事例もあったという話がありました。障害者にサポートをつけて働かせるよりも、見える人一人に任せた方が話が早いと考えられてしまう危険性もあるので、補助教員を配置させる課題は、形を整備するだけでなく、その人をどう視覚障害教師のために活かしていくかを考えていかなくてはなりません。
A日本ではIT機器はどう活用されているのかという質問がありました。
日本のスクリーンリーダーは一般的なソフトには対応しているが、限られた用途に独自に開発されたソフトには対応していない。読み上げないため視覚障害者にはそのソフトを使用した業務ができないと、大関氏から話がありました。韓国側からは、電子黒板の普及やインターネット活用の事例が紹介されました。
(3) 日本からの質問
日本では、採用後、自力で通勤することが条件になっている。勤務する区域が新潟県のように広い場合は、採用試験に合格しても勤務することは実際には難しい。一見門戸が開かれているようで、実は制度的なバリアになっていると、石浦氏から問題が提起されました。これに対して韓国では、広い地域の場合は地域ブロックが指定されていて、通勤困難な場所まで通うことにはならないなどの配慮があるとのことでした。
残念ながら、ここで終了時間となりました。以上です。