大会までの準備
全国視覚障害教師の会 代表(盲学校 社会)重田雅俊

 第1回親善交流大会を終え日本に帰国してすぐに、韓国の先生方を日本にお迎えする準備を始めました。
 それは、8月に来日されることを想定すると、比較的安価な公共の宿を予約するには、6か月前の2月が期限になることが分かっていたからです。
 早速、韓国でお世話になったソウル在住の通訳、オ・テミンさんと連絡を取って、韓国教師の会の意向を聞いてもらったところ、
 韓国教師の会の総会が2月にあり、会長が交代するので、来日の日程などは即答できないとのことでした。
 そんなとき、日本側の大胡田先生と韓国側のイ・ナヨン先生との間で連絡が直接できるようになり、オ・テミン氏のルートと共に日韓の教師の会が連絡を取りやすくなりました。日韓の意向を速やかに伝いあえるようになったことは、準備を進めるうえで、とても助かりました。
 また、強力な助っ人と言えば、世界盲人連合日本代表の指田先生がいてくれたことです。指田先生は、ホテルや会議室の予約について、貸し切りバスの会社選びや記録集の出版について、助成金の獲得方法について、来賓や講演者についてなど、国際交流の豊富な経験をもとに、先の先まで考えて助言してくれました。
 一方、南沢先生と奥様の理恵さんが、宿泊先・食事の場所・お弁当の注文・観光コースなど、何度も情報の収集や下見を繰り返してくれました。
 そして、横浜歩み荘の宿泊下見会や、直前の打ち合わせ会場も手配してくれました。
 立派な横断幕を書いてくれた加藤先生も、会計を完璧にこなしてくれた宮地先生と金谷先生も、銀座や東京駅、ホテルや食事場所など、あちこちに下見に付き合ってくれました。
 それから、翻訳については、オ・テミンさんが日本語を韓国語に、杉山長さんが韓国語を日本語に、すべての挨拶文と発表分を一手に引き受けて翻訳してくれました。
 懸案だった通訳の確保は、大川先生の提案でメールで呼びかけたところ、新井陽子さん、中村英寛さん、山下誠さんがボランティアとして応募に応じてくれました。
 さらに、キム・ドンファンさん、サ・ジェミンさん、イ・ナヨンさん、広川賢二さんなどが加わって、オ・テミンさんや杉山長さんを中心に強力な通訳陣を四日間通して配置することができました。
 ボランティアとしては、前述した方々に加えて、いつもお世話になっている平井さんや川崎さん、第1回の時にソウルに同行してくれた阿部さんや高橋さん、宮地先生の友達の南さんや島田さん、オ・テミンさんの知り合いの渡辺先生など多くの方々が、手伝ってくれることになりました。
 12月25日には、第1回大会の記録集「思いは国境を越えて」が読書工房から納品されました。
 この一年間、宿泊先や食事場所の予約、見学先や移動手段の手配、来賓や発表者の選定、通訳やボランティアの確保などを進め、さらに、日程や司会進行の調整、予算の見積もりや助成金の申請、発表者への依頼や文章の取りまとめ、来賓や参加者への連絡など、視覚障碍者の団体の国際交流ということに最大限の配慮をしながら、なんとか準備を進めてきました。作成した文章も予約や依頼書、検討や決定事項、計画書や申請書、リストや案内など膨大で、直前まで資料作りに追われていました。
 こうして、日々連絡と調整を繰り返しながら、ようやく1月15日の来日当日を迎えることができました。
 沢山の人たちが力を合わせて、これほどの準備を積み重ねてこれたのは、第1回大会の成功と楽しい思い出があったこと、また、韓国で頑張っている同じ境遇の仲間たちを精一杯おもてなししたいという強い思いがあったからだと思います。そして、孤立奮闘している日本の視覚障害教師に対しても、決して一人ではない。日本にもこんなにたくさん仲間がいるし、外国にだって、ほら、ちゃんと仲間がいるということを報道陣の力を借りてメッセージとして伝えたかったからです。



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