1 朝食
6時00分 起床。6時35分に加藤先生と南沢理恵さんが部屋に迎えに来てくれて、その後、韓国側の各部屋に迎えに行ってくれました。なかなか起きてこない部屋もありましたが、みんなで起こしてなんとかレストランに行くことができました。
朝食は、バイキングスタイルでしたが、事前に何度もホテルに連絡を取り、宿泊サービス担当の上浜さんからレストランの責任者の竹内さんに、各自分を用意しておいてくれるようにお願いしてありました。
6時40分過ぎにレストランに到着すると、奥の小部屋に案内されました。テーブルには、お願いしたとおりに一人分ずつ洋食がセットしてありました。その小部屋には担当の人が一人待機してくれて、温かい飲み物やお代りについて対応してくれました。韓国の弱視の先生方は、自分で好きなお代りを取りに行っていました。フレッシュサラダや和食もお変わりするなど、十分満足してくれたようでした。熱々のコーヒーをいつでも出せるようにと気を配ってくれるところなどは、やはりホテルのレストランとしてのプロ意識が感じられてうれしかったです。いろいろとホテル選定を迷ったところもありましたが、東京プリンスは、部屋やロビーも広く、食事やサービスも良かったように思います。
7時30分前には部屋に戻り、8時00分には全員荷物を持ってロビーに集合しました。そこには、通訳の杉山さんとジェミンくんが、すでに来てくれていました。
電話で確認してみると、神田交通の貸し切り24人乗りの小型バスは、8時00分にはホテルの駐車場に来て待機していました。
8時5分には玄関前にバスを回してもらい、荷物をトランクルームに入れてから、ハイデッカーのサロンバスに乗り込みました。運転士の代田さんと浅草までの経路やバスの乗り降りする場所などを確認し、8時15分ごろには、ホテルを出発しました。
2 浅草見学
バスの中では、韓国の先生方が全員後ろのサロン席に座り、日本側と通訳が前の席に座りました。
浅草につくまで、時々加藤先生やオ・テミンさんの助けを借りながら、私とジェミンくんのコンビで、日比谷公園・皇居・銀座・浅草橋の人形店街・国技館の相撲などの観光案内や、東京で最も古いお寺の浅草寺について説明しました。
8時40分には、浅草寺の二天門前に到着し、約一時間の浅草観光に行きました。早速、本堂にお参りし、お賽銭を投げたり、頭のよくなる煙を浴びたり、記念撮影をしたりしました。
それから集合場所と時間を再度確認して、宝蔵門(仁王門)をくぐり、仲見世を一気に通り抜けて風神雷神門(雷門)まで行きました。
ここで写真を撮ってから、3班に分かれてバスの待つ二天門まで仲見世をぶらぶら散歩しながら買い物をすることにしました。
私の班は、通訳のジェミンくんと、ホンヨップ先生とチュンボン先生、ナヨン先生と大胡田先生でした。人形焼きやスカイツリーのキーホルダーを買ったり、昔の生活用品やおもちゃを見たり、短時間でしたが、浅草の雰囲気を少しだけ味わうことができたように思います。
みなさんが約束の時間までに集合してくれたので、8時50分には、葛飾盲学校に向けて、出発することができました。
また、バスの中では、桜の名所やスカイツリー、防災団地などについて案内してから、葛飾盲学校の見学について説明しました。
10時20分 葛飾盲学校に到着。職員玄関から校舎に入ってトイレを済ませ、多目的ホールに行きました。
ここで副校長の月崎先生から葛飾盲学校の概要説明を10分ほどしていただき、それをオ・テミンさんが通訳してくれました。
お話から、教育制度や児童・生徒の状況など、日韓双方に類似した点が多いことを知りました。
次は、校内見学です。初めに食堂に入り、児童・生徒が一人一人お盆に食物を載せてもらうやり方を聞いてから移動の順路を誘導ブロックを頼りに回ってみました。
それから保健室に行き、養護教諭の川口先生に挨拶してから、小学部の授業を見学し、自立活動室に行きました。ここには沢山の視覚障害や知的障害の児童・生徒向けの教材があり、ごく一部でしたが、触ってみることができました。
次に3階に行って体育館のギャラリーを一周できるランニング用のキャットウォークを歩いてみたり、2階に降りて体育館やデッキグラウンドを見学しました。体育館では、大きな乗れる馬の教材を触ってみたり、中学部の近藤先生に挨拶したりしました。
そのあと、社会科の学習室に行き、沢山の模型と、触る地図や地球儀に触ってみました。
11時40分 いよいよ櫻井先生の授業見学です。生徒は、1名欠席で女子生徒2名だけでしたが、櫻井先生が、音楽やゲームを取り入れたり、先生と生徒の問答の仕方などを工夫した楽しい授業をテンポよくリズミカルに展開していました。見学者全員が、なんとか教室に入ることができて、授業後に、生徒たちと英語で親しく会話する場面も設けることができました。
12時10分 今度はパソコン室で、松島先生から視覚や知的な障害のある児童・生徒用に工夫されたキーボードや点字ディスプレイ、教材ソフトの一例の紹介がありました。20分しか時間がなくて、ほんのさわりしか説明できなかったということでしたが、韓国の先生方は、大いに興味を示していました。
12時30分 見学を終えて玄関に向かう途中、2階のプレイルームから、突然待ち構えていたように内藤先生と中学部の生徒たちが出てきて、韓国の先生方に韓国語で元気よく挨拶してくれました。韓国語を話せる生徒もいて、少し会話のやり取りもでき、親善ムードが漂い皆さん笑顔になりました。
見学終了後、副校長先生から多目的ホールに集まるように指示され、韓国側の先生方が携帯電話で撮影した画像を一人一人一枚一枚副校長がチェックしました。児童・生徒の肖像権の問題があるので、仕方ないこととはいえ、ちょっと残念な状況となりました。見学の際には、児童・生徒の顔を写さないように、事前に説明しておくべきでした。
12時45分 急いでバスに乗り込み、点字図書館に向けて出発しました。
3 昼食と点字図書館見学
早速、理恵さんが注文していたお弁当と見学の間に買ってきた飲み物が各自に配られました。中身は、ヒレカツ、根菜の煮物、ふりかけのかかったおにぎりが二つでした。ボリュームがあって、韓国の人が車内で食べやすいように、汁がこぼれないようにとよく工夫されたおいしいお弁当でした。
荒川放水路を見下ろす高速道路の車窓を説明する時間も、池袋の説明をする時間もほとんどなく、バスは高田馬場のビックボックス脇の街路につきました。そこから、一行は、5分ほど歩いて日本点字図書館に着きました。
1時30分。点字図書館の玄関で、総務部の大坪部長と見学担当の成瀬さん、そして山口通先生が出迎えてくれました。すぐに3階の会議室に通され、トイレを済ませてから、成瀬さんから図書館の業務の概要と見学の説明がありました。
この部屋こそ、ちょうど4年前にいま同行してくれているオ・テミンさんと「日韓友好のシンポジウムと音楽の集い」で、初めてお会いした場所でした。4年間の月日を経て、色々なことがあって、巡り巡って、漸くここに戻ってきたという思いがこみ上げてきました。あの日、伴走マラソンクラブでお世話になっていた山口和彦さんに日韓友好の集いに誘われなかったら、集いが終了したとき、タートルの会(中途失明者の復職を考える会)でお世話になっていた新井愛一郎さんに韓国の方々と引き合わせてもらえなかったら、その場で、オ・テミンさんから「ぜひ韓国に来てください。宿泊先と通訳についてはお手伝いできます。」と言ってもらえなかったら、いまの自分も韓国の先生方もここにはいなかったのだ。そう思うと懐かしさと感謝の気持ちがあふれてきます。いまここで一生懸命通訳しているオ・テミンさんはどんな思いをしているのだろうか。そんなことを考えながら説明を聞いていました。
点字図書館の概要説明では、図書館の創立の経緯や運営の歴史について、蔵書の数や録音書籍について、貸し出しやサピエ図書についての紹介を約30分してくれました。
その後約1時間、通訳を中心に3班に分かれて館内を見学しました。出し入れが容易にできるように整理工夫され、空調設備が完備した書庫や、朗読やお知らせのための録音ルーム、新旧の点字印刷機の実演の見学などをしました。立派な施設や設備、進んだ点字印刷技術やITによる図書発信システム、整理された業務内容など、見ごたえのあるものでした。
館内見学では、石出様、大坪様、金木様には、長時間にわたり、館内をご案内いただきました。
3時00分 先ほどの会議室に戻り、視覚障碍者の職員の松谷詩子さんのお話を約30分聴きました。
25年前は、まだパソコンによる読み書きが普及しておらず、視覚障碍者は就職にはとても苦労したそうです。点字図書館に就職できて初めの9年間、図書製作の部門で点字出版物の校正を担当しましたが、理解のある職場であっても能率という面だけで見てしまうと、視覚障害がハンディに感じられることもあったそうです。
その後、現在の図書情報課に移動し、中途視覚障害者のための点字教室とパソコン教室を担当することになり、視覚障害当事者の経験や人脈を生かせる仕事に取り組めるようになって、とてもやりがいを感じているとのことでした。
やはり、自分だからこそできる仕事を見つけることや、できることとできないことを、きちんと周囲の人に伝えることが大切だと思いますと話されていました。
また、松谷さんは、全国に普及している点字入門書の作成や、図書館内で点字学習会を主催して指導されていますので、点字指導についての質問も出されました。
実は、私も松谷さんの作成した点字入門書や点字の書き方のガイドブックを何度も何度も繰り返し学習して、何とか点字を読み書きできるようになりました。テープから流れてくる松谷さんの声が今でも耳に残っています。
松谷さんは、「点字の学習が、ある段階で頭打ちになるか。それを乗り越えて先に進めるかは、本人の意欲と練習量にあります。難しい書物を読むよりも、興味のあるものをどんどん読むようにした方が効果的なように思います。」と答えてくれました。また、視覚障碍者のリハビリテーションや就労問題についても質問がありましたが、問題が大きすぎて簡単に答えられるものでもなく、残念ながらそこで終了時間となりました。
松谷さんは、色々な質問に対して、良く考えて丁寧に答えてくれました。最後に「お会いできて勉強になりました。みなさんも頑張ってください。」と、励ましの言葉を下さって退室されました。
3時40分。1階の売店に移動し、視覚障碍者向けの生活用品を見たり触ったりさせてもらいました。
4時10分。見学の案内をしてくださった3人の職員の方にお礼を言って、東京都心身障害者福祉センターの駐車場から戻って待機しているバスに向かいました。この駐車場は、事前に同福祉センターの経理担当、片山さんに連絡を取って、ナンバーを知らせることにより無料で貸していただきました。
4時20分。横浜あゆみ荘に向けて出発。渋谷駅の真上を通る高速道路を走り、多摩川を渡り、川崎市を横断し、横浜市都筑区のあゆみ荘に向かいました。
車内では、人形焼きや麩菓子などが配られ、みなさんがそれぞれ楽しそうに雑談をしていました。
5時30分。約1時間の乗車で、横浜あゆみ荘に到着しました。そこにはすでに到着していた南沢創先生が、元気に出迎えてくれました。
運転手の代田さんのおかげで、見学先までの移動時間は全て予定より少なく済み、1時間半も多く見学時間を取ることができました。また有料道路料金も、1900円と予定の4分の1程度で済みました。ただ、代田さんにとっては、朝30分早く東京プリンスホテルに来て、あゆみ荘に4時半到着の予定が5時半到着になったため、勤務時間延長となり申し訳なく思いました。良い運転手さんと高級なサロンバスを配車してくれた上に、同じ金額で、浅草観光を組み込んでくれた、予約係の前島さんにも感謝しています。
4 あゆみ荘1日目の夜
バス代の支払いを済ませ、チェックインの手続きをしているうちに、韓国の先生方には、部屋に入室氏、入浴の準備をしてもらいました。
大浴場はゆったりとスペースが取ってあり、とてもきれいでした。韓国の先生方も広い湯船につかりながら、気持ちよさそうな歓声をあげていました。サウナやジャグジーもあってちょっとした温泉気分です。その間に、日本側の先生方も続々と集まり、夕食前には、遅れて到着予定の富山の荒井先生を除く32名が、全員集まりました。
7時00分。夕食は、やはり品数も量も少なめで、食前に飲み物を飲まないと、物足りない感じでした。ここでももう少し気を効かせて、飲み物や食べ物を追加注文すべきだったと反省しています。
ここでは、自己紹介はせずに、食後の案内をしただけで、各自食事をとりながら歓談していました。
8時30分。部屋でしばらく休憩後、2階のふれあいホールに集まりました。ここで初めて日韓の一人一人が自己紹介し、通訳を介して質問もしました。あゆみ荘で購入したお菓子を配ったり自動販売機の飲み物や梅酒を配ったりしました。日本側のみんなが、韓国の先生の一言一言に注目し、韓国の先生方も日本側の大勢の先生の発言を通訳を介してよく聞いていました。韓国語、日本語、英語が飛び交う中で、打ち解けた歓談というよりは、真面目な近況報告会のようになってしまいました。
時間は瞬く間に過ぎて、11時00分ごろ解散し、各自部屋に戻って、就寝しました。