7時30分。朝食は、和食と洋食が半分ずつ、好きな方に着席します。意外に韓国の方も和食組がいて、KBTU結成者で初代の会長のきコ・ジンギョム先生が隣に、パク・チュンボン先生が向かいに座って食べていました。
英語の片言で話をすると、歴代会長の名前と在任期間の話になりました。山口代表が8年、私が5年目だというと少し驚いていました。
韓国側は、初代がコ・ジンギョム先生、2代目がパク・チュンボン先生、3代目がキム・ホンヨップ先生で、任期は2年だとのことでした。コ・ジンギョム先生が納豆を食べながら「5年前、会を創るまでは、一人一人が孤島にいるようだった。だから会を創ろうと思った。」と結成の動機を話してくれました。
それから第1回日韓親善交流大会記録集の「思いは国境を越えて」を韓国の先生にもいただけないでしょうかとのことでしたので、「差し上げるのは全く問題ないのですが、すべて日本語で書かれているので読めますか。」と言うと、「日本語を翻訳して読める人に読んでもらうので大丈夫です」とのことでしたので、宮地先生の車に取りに行こうとすると、すでにジェミンくんが誰かに頼まれたらしく4部持ってきてくれていました。
食事が殆ど終った頃を見計らって、皆さんの前で会計報告をきちんとしておこうかと思い、少し詳しく話しました。すると、それがあまりうまく伝わらなかったらしく、返金できることになったという話が、逆にやりくりの説明をしていると取られたらしく、申し訳ないので返金分は、日本側に差し上げますという話になってしまいました。私としては、そういうつもりで言ったわけではなかったので困ってしまいましたが、ホンヨップ会長が、皆さんの前に立って話されたことなので、要りませんとも言えずに、受け取ることになりました。あとで、なんで断らなかったのだろう。お土産でも買って帰ってくださいとなぜ言えなかったのだろうと大変悔みました。あのような場面でうまく立ち回れない自分がとても嫌でした。
そのあと、これからの予定を説明し、9時15分に玄関前で集合してお別れすることになりました。9時15分、全員荷物をまとめて玄関ロビーに集合し、日本側は、会議室に荷物を移動し、韓国側は、バスに荷物を載せました。
そのあと、玄関を出たところで、全員の記念写真を撮りました。あゆみ荘の職員の方が、看板を持ってきてくれて、皆さんの前に置いてくれました。携帯電話のカメラを取り替えながら何回も記念撮影をしました。そして、お互いに声を掛け合ったり、握手したり、手を振ったりしてお別れをしました。
あゆみ荘の送迎バスは、韓国の先生たちを載せて、新横浜駅に向かいました。そして午前中は、ラーメン博物館を見学します。それから、また、新横浜の羽田空港行きのリムジンバス乗り場で出会い、見送りの先生方と合流して、羽田に行くことになっています。
日本側は、その後研修室に行って拡大役員会をしました。私は会計の処理があるので、日本側の会計をお願いしていた宮地先生と金谷先生に手伝ってもらい別室で会計の帳簿合わせをしました。
その後、昼食をとり、日本側も解散。送迎バスで新横浜に向かいました。12時50分には新横浜駅に到着しました。するとすでに韓国側の先生方もラーメン博物館から新横浜駅に到着しており、屋内の改札前の広場で会うことができました。1名下痢気味の人がいるとかで、皆さんその先生を心配そうに待っていました。何とか大丈夫とのことなので、一行は、バス乗り場に移動しました。
1時20分リムジンバスに乗車し羽田空港に向かいました。南沢理恵さんのおかげで運転手さんに説明し、何とか韓国の先生方も手帳を見せて半額で乗ることができました。
2時20分、国際線出発ロビーに到着。ロビーでは、韓国の先生方に1000円ずつ返金したり、優先乗車の手続きをしたりして待機していました。
その間、若い女の先生たちが来て、宴会でカラオケを歌った川崎先生は、独身かと聞きました。そうだと思うと答えると、今度は、誰か好きな人はいるかと聞きます。いないと思うというと、今度は女の先生同士で韓国語でひそひそ話し、突然一番若いキム・ウニョン先生が、「やめてえー?」という感じで跳びあがりました。それから、また、しばらくして、ウニョン先生が、「日本に来れてうれしかった。羽田空港に到着して、初めて日本の先生方にお会いして握手した時、涙が出そうになりました。」と、そっと打ち明けてくれました。一昨年、私たちがソウルを訪問して初めて韓国の先生方にお会いした時も、同じ気持ちになっていたことを思い出し、お互いに同じ思いを持てていたことに、改めて今回の取り組みをしてよかったと実感することができました。
間もなく韓国の先生方が搭乗口に移動することになり、別れの時がやってきました。お互いにあわただしくお別れを言って、握手をして、大げさに抱き合ったりもしてお別れしました。別れ際に、パク・チュンボン先生が、大きな声で「I love you!」と叫んでいました。他にも男の先生が二人か3人、チュンボン先生に合わせてそう言っていました。別れの瞬間に口を割いて出た「LOVE」という言葉は、同じ障害を持つ仲間への精一杯の励ましの気持ちだったのではないかと思います。日本側は、大きく手を振って、韓国語でさようならと言いました。
3時00分。見送りメンバーは一応解散。その後、ほとんどの見送りの人は、モノレールで浜松町駅に行き山手線で帰りました。
私と加藤先生、ジェミンくんとパク・カンソップ先生は、一緒に西日暮里まで行きました。そこで加藤先生ともお別れして、3人で千代田線の綾瀬駅まで行き、カンソップ先生を綾瀬在住のお兄さんに送り届けました。
私とジェミンくんは、そのあと北千住の街を見て回り、自宅に立ち寄ってから、夕食を一緒にとって千代田線の駅までジェミンくんを送りました。そうして、漸く日韓交流は、すべて終了しました。