第1分科会「視覚障害教師の存在意義と展望」

司会   藤本 恵司
記録   大胡田 裕
通訳   呉 泰敏 、新井 陽子 、山下 誠
参加者  キム・ヨンイル 、キム・ホニョン 、キム・チャンス
     長尾 博、山口 通、南沢 創、 生井 良一、 新井 淑則、 荒井 英俊、松下 翔、 高橋 しのぶ、 堀口 晃代、 岩本 亜紀、 戸塚 辰永(点字ジャーナル記者)

話し合いを始めるにあたり、司会の藤本先生から、「視覚障害教師の存在意義といっても、生徒にとっての意義もあれば同僚にとっての意義もある。様々な観点が含まれたテーマなので、皆さん一人一人が思う視覚障害教師の存在意義について、自由に出し合いましょう」という言葉がありました。
そして、南沢先生と山口先生から発言がありました。
南沢先生からは、「見えている教員と同じことをするのでなく、一人一人が子どもたちの未来のためにできることを見つけ、積み上げることが存在意義を果たすことである」という提案と、日頃感じていることを毎月プリントにして全校に配る、という自らの実践の紹介がありました。
山口先生からは、視覚障害教員の役割と積極面として、以下の四つが提案されました。
  1.少数者、弱者の視点から、自然や人間、歴史、現実社会を見ることができる。
  2.少数者や弱者の切実な諸要求を自らの教育現場、社会に提案することができる。
  3.見えないことが土台となり、努力することにより、集中力を高めることが可能である。触覚、聴覚、嗅覚、味覚、シックスセンス(第6感 直感)の同時フル稼働の集中力を発揮することができる。
  4.授業展開において不可欠な、対話による学び合いを通して、子どもたちの生活、いまの思い、本音、痛み、苦しみ、願い、希望等に接近することができる。
その後は、韓国側からの質問に答えて、日本側が事例や経験談を紹介する、という流れで進行しました。

(以下、質問の前には「Q:」、回答の前には「A:」を記します。)

Q: 教員の仕事は、授業、担任、行政業務の三つに分けられると思うが、視覚障害教師にとって、一般の学校で授業以外の二つを行うことは難しい。視覚障害教師が担任になるケースについて教えてほしい。
A: 視覚障害教師が担任になるケースは、盲学校では明治時代から、一般の学校では1980年代後半から出てきている。ほとんどが高校で、小中学校では極めて少ない。(長尾先生)
A: 1990年代に高校で担任をしたが、最も苦労したのは公文書で、晴眼者に手伝ってもらっていた。 (山口先生)
A: 一般の学校で担任をした視覚障害者は、正確な数はわからないが、まだわずかである。 (藤本先生)

Q: 書類業務をサポートする公的な仕組みはあるのか?
A: 現在中学1年生の担任をしているが、副担任が付いている。副担任は、中学校ではあまり一般的ではない。 (新井淑則先生)

Q: 視覚障害教師が担任になった場合に、保護者の反応はどうか?
A: 心配する保護者もいたが、希望者を募って授業を見てもらい、感想を言ってもらう機会を設けたら安心してもらえた。 (山口先生)
A: 入学式の後、保護者の前で、「通常はクラスに教員は一人ですが、私のクラスは二人いてお得ですよ」と話したら、受けた。 (新井淑則先生)

Q: 視覚障害者で管理職になる人はいるか?
A: 現在、盲学校には弱視の管理職は多い。かつては全盲の管理職もいた。全盲の校長は、福岡県の吉松先生の後はいない。(長尾先生)

Q: 韓国には教育庁(日本の文部科学省)で行政職に従事している視覚障害者がいて、その人は高度なITスキルを活かして仕事をしている。日本の視覚障害教師は、どのようにIT機器を使ったり、事務処理をしたりしているのか?
A: 見えている同僚と同じように、エクセルで週案(今週の反省と次週の計画)を書いている。 (南沢先生)
A: 教育委員会がパソコンとプリンタを買ってくれ、定年まで使った。特別な予算で実現した。 (山口先生)

Q: IT機器の活用や事務処理の状況は、県ごとに違うのか?
A: 学校によって違う。今の学校では会議資料はすべて自分のパソコンに入れてもらえるが、これまで勤務した学校の中には、そのようなことができないところもあった。周りの人たちがどれだけ協力したいと思ってくれるかで、状況が変わってくる。そのため、普段から、サポートしてほしいことや自分のできることを発信するようにしている。次の学校でも、前任校でこれだけのことをしてもらった、と言えれば聞いてもらえると思う。韓国のみなさんも「日本ではこれだけのサポートがあるので、私たちにもお願いしたい」と言ってもいいのでは。 (南沢先生)

Q: 韓国には教育情報ネットワークという国のネットワークがあり、仕事に必要な情報はすべてそこに集められている。十分なアクセスができず、悩みの種である。日本の状況はどうか?
A: 日本では教育行政のネットワークは、県や政令市の単位で作られている。 (南沢先生)

ここで司会の藤本先生から、「議論の内容がサポートやITの方向に流れてきたので、存在意義というテーマに戻りたい」という発言がありました。
まず、キム・ヨンイル先生から、「視覚障害者が教職に就くということは、社会において新しい道を開拓していくことだ。私たちの状況は、何もない野原で道路工事をしているのに似ている。後輩たちのために道を作る、ということも存在意義の一つなのではないか」という意見が出されました。
続いて、南沢先生から、「退勤後に道で、うちの子が行方不明なんです、と保護者から声をかけられ、即座に学校に救援を求めて子どもを発見できた」というエピソードが紹介され、「日頃から自分の存在をPRしていたからこそ、保護者は私に声をかけられた。いること自体が存在意義につながっていくのではないか」という発言がありました。
その後、日本側からも韓国の先生方に質問がありました。

Q: 韓国の見える人と見えない人が共に働く職場は、視覚障害者にとって働きやすいと思うか? 視覚障害者は、肩身の狭い思いをしているのか? (長尾先生)
A: 学校の仕事では、授業、担任、行政業務の内で、授業だけが保障されており、行政業務を任されることはない。一般的には、公務員や教員の立場はよくなってきているが、民間企業ではあまりよくないと思う。

Q: 視覚障害教師の存在意義の中には、教員同士のチームワークを円滑にする、ということもあると思う。韓国には成果給があると聞くが、職場の人間関係に与える影響はあるのか? (大胡田)
A: 視覚障害のある教員は、一番下のランクの給料をもらうケースが多い。それは、障害があるからではなく、担任や事務仕事をしていないためである。

成果給の話を受けて、キム・ヨンイル先生から発言がありました。「仕事をするうえで、視覚障害は確かに不利な条件である。現在私は5人の晴眼の教授と働いているが、私にできないことがある一方で、私にしかできないこともある。視覚障害教師の存在意義を話し合うことは、教師としての存在意義を探すことだ。方法は違っても、子どもたちを愛する気持ち、学生たちを助けたいという気持ちがあれば、子どもも保護者も、同僚も管理職も、私たちを認めてくれるのではないか」。
生井先生からも「教師としての存在意義を追及していきましょう」と賛同する発言がありました。
分科会も終わりに近づき、岩本先生から、「3年前まで小学校で担任をしていたが、視力の低下で仕事や子育てに不安を抱えていた。ここにきて皆さんの話を聞いて、ランプが上がった気がする」という感想が述べられました。
また、点字ジャーナル記者の戸塚さんからはドイツの事情について紹介がありました。「教員は3年間働くと、1年間の休暇が与えられる。休暇中も給与は3分の2保障される。放課後の会議もない。」
この話を聞いて一同大いに盛り上がり、「そのような国についてもっと知りたい。行ってみたい。」という声の中で終了時間となりました。
 自らの存在意義は何か。この切実な問いと向き合い続ける教師の姿は、必ず生徒たちの心に何かを残すのではないか、と強く思いました。
 以上です。


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