1 羽田でのお迎え
一日目、1月15日は、あいにくの冷たい雨の日でした。予定より少し早く韓国の皆さん、12名は無事羽田に到着。重田代表、先にお見えの韓国のナヨン先生、通訳、ボランティアの皆さんと私とでお迎えいたしました。
ご挨拶の後、自己紹介、皆で握手をしました。私は羽田空港からの警告を受けるのではないかと危惧しつつ、歓迎の篠笛演奏をさせていただきました。警告もなく、逮捕されずに済みました。おはやし二曲、「しゃくしまい」、「寄せ太鼓」です。
夕食は築地の寿司屋です。うまい寿司でしたが、韓国の皆さんには、お吸い物やサラダがあるといいそうです。お若い皆さんなので、足りなかったようです。
食後は東京駅地下街の散策です。その後、東京プリンスホテルで宿泊。
二日目の16日午後は、日本点字図書館見学です。見学会では、石出様、大坪様、金木様には、長時間にわたり、館内をご案内いただきました。そして、職員で全盲の松谷詩子(まつたに うたこ)様には具体的なお仕事のことと、お仕事に対する情熱を伺うことができました。ご紹介します。
(1)担当の仕事について
@当館に就職してから9年間、図書製作の部門で点字出版物の校正を担当。
A2000年に現在の図書情報課に移動。中途視覚障害者のための点字教室とパソコン教室を担当。現在に至っている。
(2)視覚障害を持って働くということ
@当館に就職が決まるまで、就職活動は難航した。ネックは文字処理ができないこと。当時はまだパソコンが普及していなかったため。
A視覚障碍者へのサービスを行っている職場なので、他のケースに比べて、周囲の理解は格段に深いと思うが、それでも晴眼者と対等に仕事をしていくには、自分の障害がハンディであると感じることはある。仕事を「効率」だけでみるとき、特にそう感じる。
では、どうすればよいのか?「私だからできること」を考えよう。大切なのは、自身の出来ることと出来ないことを冷静に見極める目を持つこと。そして、それを周囲に伝えていくこと。
私はサービスを提供する側であると同時に、障害当事者・つまり利用者でもあるという立場はユニークであるはず。両者の立場に心を配りながら仕事をしているという意識を大切にしよう。
Bもともと教職を希望していたため、現在の「学習支援」の仕事は自分に適していると感じる。仕事に充実感を持つことができていることは幸せ。
最後に韓国の皆さんは、見学した用具部で買い物を楽しみつつ盛り上がっていました。
日本点字図書館は本間一夫先生のお志を受け継ぎ、75年の歴史を持つ図書館です。戦中には茨城県、そして北海道へと疎開を強いられました。また、アジア、太平洋での活動も展開しています。
2 視覚障害教師の役割と積極面
以下は17日の分科会での山口発言に加筆したものです。
(1)少数者、弱者の視点から、自然や人間、歴史、現実社会を見ることができる。
(2)少数者や弱者の切実な諸要求を自らの教育現場、社会に提案することができる。
(3)見えないことが土台となり、努力することにより、集中力を高めることが可能である。
触覚、聴覚、嗅覚、味覚、シックスセンス(第6感 直感)の同時フル稼働による集中力を高めることができる。
(4)授業展開において、ダイアログ・対話による学び合いは不可欠と言えましょう。
見えない教員は、努力することにより子どもたちの言葉から彼らの生活、いまの思い、本音、痛み、苦しみ、願い、希望等を鋭くつかもうとします。そして、そのことに集中することができる。
(5)見えないことが土台となり、見ることによる本質からの乖離から離れることができる。つまり、見ることにより、本質が見えなくなることがある。そこから離れることができる。
(6)集中力を高めることにより、読書のスピードを上げることができる。
(7)人に助けられることと人を助けることの喜びとその意味を、早くから自覚することができる。
(8)生きる力を人からいただくことができる。
失明時に、貴重なるアドバイスを友人・知人・視覚障害者からいただき、そのことが生きる力となる。
(9)リハビリテーションにより、生きる力と自分を変える力を身につけることができる。リハビリテーションによって、できないと考えていたことの八割ができるようになる。
(10)視覚障害者自身の体験、経験から、「いまだけ、金だけ、自分だけ」の哲学から卒業することができる。なお、「いまだけ、金だけ、自分だけ」は、東京大学大学院教授、鈴木宣弘(すずきのりひろ)さんの言葉です。
以上です。